オポジションなき政党政治-Parliamentary democracy without a viable opposition_yamaguchi Jiro

オポジションなき政党政治 by Yamaguchi Jiro

source: http://yamaguchijiro.com/?eid=1191

週刊東洋経済11月30日号

英文版

http://www.japantimes.co.jp/opinion/2013/11/22/commentary/parliamentary-democracy-without-a-viable-opposition/#.Up3PHdJh8zc

(不是完全相同,但是内容和观点是一致的)

最近、日本の民主政治の基盤がかなり脆弱になっていることをうかがわせる出来事が相次いだ。特に注目すべきは、天皇の政治的役割と、それに対する政治家の反応である。憲法は天皇を国民統合の象徴であり、政治的能力を持たないと規定している。
しかし、明仁天皇と美智子皇后は、言外に滲み出すような形で、最近政治的なメッセージをしばしば発している。たとえば、皇后は10月20日、誕生日の記者会見で、憲法問題に言及した。「今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていた」としたうえで、五日市憲法草案を紹介し、「19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」と述べた。盛んな議論とは安倍政権が進める改正論議を指していると解釈でき、皇后は暗に人権と民主主義こそ近代日本の伝統であると主張していると理解できる。
また、天皇は10月に熊本県水俣市を訪問した。そこには水俣病患者として認定されず、救済を受けられないまま放置された被害者も多数存在する。それらの人々に対して天皇は、「真実に生きることができる社会を作っていきたい」と述べた。その直前、安倍首相は水銀に関する水俣条約の会議で、「水俣病を克服した」と発言していたので、天皇発言はそれに対する異議と理解することができる。
朝日新聞の論壇時評(10月31日)で、小説家の高橋源一郎は上記の皇后の憲法発言を引用し、高く評価した。そして同じ日の園遊会で、山本太郎参議院議員が天皇に福島原発事故の被害者の苦境を訴える手紙を渡した。高橋も山本も、安倍政権が進める憲法改正や原発再稼働に対して反対しているリベラル、あるいは進歩派である。この日に起こった2つの出来事は、日本の進歩派が自らの主張を正当化するために、天皇の権威を持ち出すところまできたことを意味している。
天皇、皇后はいまや、国民統合のみならず、戦後デモクラシーの象徴である。4月28日に安倍政権が開催した主権回復式典で、天皇陛下万歳の声に当惑の表情を示したことは、明仁天皇が象徴している価値と、安倍政権が志向する理念の乖離を物語る。
しかし、だからといって安倍首相を君側の奸と攻撃すべきではない。安倍政権は国民の選挙における選択によって生まれたものであり、これを倒すのも民主主義の制度を通して行うしかない。天皇のメッセージに対する評価は個人的共感にとどめておくべきである。山本氏に対して不敬だから議員を辞めろと主張する政治家が自民党に少なからずいたことは、この党が掲げる自由と民主主義の程度を物語る。だからこそ、「玉座をもって胸壁となし、詔勅をもって弾丸に代える」(尾崎行雄)という非立憲政治の悪弊を思い起こす必要がある。
進歩派のオピニオンリーダーが天皇の権威にすがりたいと感じる状況は、民主政治の深刻な危機である。それは政党政治の世界にまともな野党が存在しないことの裏返しである。 対抗勢力不在の状況で、小泉純一郎、細川護熙の二人の元首相が、突如脱原発を唱えて、政界に波紋を呼んでいる。対アジア外交や歴史観の問題については、アメリカがある種の牽制機能を発揮している。自民党を挟んで、より右派的な日本維新の会と、多少中道寄りの民主党が並立している状態では、それらの問題について穏健、あるいは進歩的な対抗軸を立てる野党が存在しない。また、自民党は簡単に野党を分断できる。
野党第一党の民主党は、下野から1年近くたとうとしている今でも、自民党に対抗する路線を打ち出せていない。特定秘密保護法案への対応にも、それは現れている。客観的に見れば、右傾化した自民党の左側、つまり政治的スペクトラムの中央に足場を定め、穏健な市民の支持を集めることしか、民主党の路線はないはずである。しかし、この党には進歩派と保守派が混在し、海江田代表、大畠幹事長の執行部は、党内の合意形成にエネルギーを使い果たし、政府与党に対決する確固とした姿勢を打ち出せないままである。親しい民主党議員の話では、北沢元防衛相などの経験豊富な政治家は対決姿勢を説いているが、有能とみられていた中堅議員が反対を貫くことを躊躇し、対案、修正案を出したがるとのことである。この局面では、頭のよさよりも、胆力と見識が必要である。
秘密保護法制に関連しては、ハンナ・アーレントが米国国防総省秘密報告書の暴露について書いた言葉を紹介しておきたい。機密文書が過剰になった場合の重大な危険は、人民とその代表者が知ることができなくなるだけでなく、事実へのアクセスを持つ権力者さえ重要な事実がわからない、知ろうとしないという点にあると指摘する(「政治における嘘」、)『暴力について』所収)。原発事故の際の情報伝達の麻痺について真面目に検証しようとしない自民党の政治家も、秘密の必要性を説くだけで、情報の重要性を識別できない権力者、アーレントの言うおめでたい指導者である。
野党再編の前に、民主党の中で分裂を恐れない路線論争を徹底的に深める必要がある。これから安倍政権が原発再稼働、集団的自衛権の正当化など、大きな政策転換を仕掛けてくることが予想される。その時には明確な理念と確信をもって対峙する野党が必要である。日本維新の会はそれらの政策には同調するであろう。だから、民主党がどういう原則を立てるかが問われているのである。今、野党に必要なのは、数の多さではなく、強固な理念と明確な主張である。また、小賢しい対案を出すことではなく、政治の基本原理を論じることである。民主党が安倍政権と対決することを躊躇するならば、戦後レジームは大きな危機に陥ることになる。

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