Is Europe Turning Japanese-via WSJ

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社説】日本化しつつある欧州経済―いくつかの不吉な類似点

 0.7%というユーロ圏のインフレ率は先週、欧州中央銀行(ECB)に利下げを決断させた。そればかりか、低インフレ率と低成長が意味すること――欧州は日本型の「失われた10年」に入ろうとしているのか――についての切迫感のある議論に拍車をかけた。経済はそれぞれの国に特有の形で停滞し得るということを考慮に入れても、今日のユーロ圏と1990年代の日本との間には不吉な類似点がいくつかある。

 半面、欧州が日本のような運命に陥る可能性を否定する理由もある。その相違点や類似点を明確にすることで、欧州と日本の政策立案者は正しい教訓を得やすくなるかもしれない。

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Michael Probst/Associated Press

欧州中銀のドラギ総裁

 1990年代以降、日本経済の象徴となったデフレについて考えてみよう。日本の物価下落はある意味で有益だったと論じられてきた。それ以前は過剰な規制と非効率が消費者物価を高止まりさせていたため、景気の失速に伴って所得が伸び悩むなか、デフレは一般世帯の痛みを軽減する役割を果たした。今日に至っても、安倍首相が取り組む経済再生計画の「矢」の1つには、これまで守られてきた企業を競争にさらし、値下げを促すことになる貿易の自由化と農業改革が含まれている。

 ドイツと比較して高い労働コストが高い消費者物価につながっている南欧諸国にも同じことが言える。欧州連合(EU)の政策立案者が南欧諸国の「競争力」改善に言及するのには、こうした背景がある。これまでのところユーロ圏諸国で低インフレ率がかなり長期化しているのは、概してソブリン危機以降、労働コストが大幅に下がっている国々である。

 だからと言ってECBはデフレを歓迎すべきではない。ドイツやオランダでも物価が下がり始めるようなデフレであれば、なおさらである。しかし、欧州全域で制御不能の下方スパイラルに陥る可能性は低い。たとえ政治的な力がこの10年間実質成長ゼロのドイツの賃金を押し上げ始めたとしても、周辺諸国とのコスト差は依然としてあまりにも大きく、経済力が弱い国における長期化した低インフレ率が、経済力が強い国の物価を一緒に引き下げるということはないだろう。

 日本とユーロ圏の経済停滞を説明する――そして終わらせる――上で、中央銀行の政策は二次的な役割しか果たさない。スタンフォード大学の星岳雄、シカゴ大学のアニル・K・カシャップの両教授は、先週末にワシントンで開かれた国際通貨基金(IMF)の年次研究会合に提出した論文で、日本の失われた20年間で本当に悲劇的な政策の失敗は、銀行の再生と民間経済の改革に関するものだったと主張した。

 日本の最初の経済崩壊は1991年、めったにない規模の資産バブルが形成されてすぐに起きた。1985年のプラザ合意は日銀に金融緩和策と円の切り下げを促した。最初の資産バブル崩壊後、1990年代初めの「失われた数年間」は、多くの企業とそれに融資した銀行を打ちのめし、最終的には1997年の金融危機につながった。

 その年、日本政府は迅速に対応し、大手金融機関が資本再構成のために公的資金を利用できるようにしたが、信用の収縮に歯止めはかからなかった。規制当局は不良債権の評価を銀行に任せたため、銀行は公的資金の注入を受けながら不良債権を隠し続けることが可能になった。金融制度改革によってようやく資本構成が厳格化された2002年まで、銀行は公的資金で生き長らえ、実体経済への融資をほとんど行わないゾンビと化していた。

 15年前の日本の銀行再生プロセスと今日の欧州の間には「不気味な類似点」があると星、カシャップの両教授は指摘する。ECBは現在、ユーロ圏の銀行のバランスシートを1年かけて調査しようとしている。これは融資を実行する上で、不良資産がどの程度重荷となっているのかを明確にするためである。

 しかし、銀行の財務状態が明らかになっても、その情報が脆弱な銀行の再編や破綻につながらなくては意味がない。損失負担を債権者や大口預金者に強制するベイルイン規則と単一破綻処理メカニズム(SRM)を作ろうというユーロ圏の取り組みにもかかわらず、自己資本が充実していない金融機関の破綻を避けようとする強い政治的圧力は今も残っている。

 ECBの金融政策もまた銀行の適切な処理を妨げているのかもしれない。1997年の金融危機後の日銀の超低金利政策は、銀行が不良債権処理を先送りしたり、それをおろそかにすることを容易にしたと両教授は指摘する。借入コストがあまりにも安かったため、不良債権のリファイナンスを続けることができたためだ。

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 ECBは今日、金利を低く維持することで同じリスクを冒している。投資、成長、適度なインフレの回復には、ECBのさらなる利下げよりも、欧州の銀行への信頼感を回復させ、民間への融資凍結を解除させる方がよっぽど効果的だ。

 遅延と中途半端な措置は、実体経済を改革しようという日本政府の試みも台無しにしてしまった。日本の政治家は1991年以後、「構造問題と景気の循環的な低迷を混同」し続けた、というのが星、カシャップ両教授の見解だ。政府の成長見通しは常に実際値を上回り、金融政策では短期間の刺激策に過剰に依存していた。1992年から2003年までの政府債務の対国内総生産(GDP)比にインフラ関連支出だけで約40%ポイントが加算された。

 日本政府は長期的な成長を促す構造改革についても実現し損なった。日本の政治がもっと機能していれば、生産性を高め、経済停滞を終わらせるために、欧州の労働組合の代表にとっては夢物語でしかない手厚い保護を提供する日本の労働法の改革に真剣に取り組んでいたかもしれない。これはまだ安倍首相も手を付けていない分野であり、改革主義的とされた2000-2006年の小泉政権でさえ、ほとんど何も成し遂げられなかった。

 両教授が数えたところ、小泉政権が2001年に示した「改革へのロードマップ」に盛り込まれた35の新たな取り組みのうち、直接的に成長を促進するものは8つしかなかったという。しかも、この8つはどれも実現していない。うち6つの分野については、安倍政権が今日、さらなる改革を支持している。

 危機に打ちのめされた南欧諸国との類似点は明らかだ。大々的な公共投資は検討されていないということは厳格な予算目標に対するEUの熱烈な支持でわかる。かといって減税やその他の改革では、長期的な成長を促進し得ないばかりか、短期的に赤字を増やしてしまうかもしれない。

 見苦しく、非民主的で、特に効果的でもなかったギリシャ型の救済を通じたものを除けば、ドイツがEUのガバナンスを思い通りに再編するまで、欧州の政策立案者たちが国レベルの改革を実現させることなどあり得ない。

***

 日本と欧州の間にあるもう1つの重要な類似点は近年に始まったことではない。日本の人口は世界で最も高齢化しているが、ドイツ、イタリア、スペイン、ベルギーといった国々も大差なく続いている。こうした国々の企業が将来の消費拡大を他国に求める理由はだいぶ以前からあったのだ。

 EU諸国は移民に対して日本ほど閉鎖的ではないが、危機に陥った国々では労働者がドイツのような国に奪われている。それでも、ドイツの人口は2060年までに15-20%減少すると見込まれている。「デフレーション」は日本を苦しめたものの代名詞として最も人気があり、いずれはユーロ圏も沈めてしまうかもしれない。だが、日本と欧州にとってデフレよりもずっと恐ろしいのは人口問題に違いない。

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